うちのオヤジはちょっと昔気質だ。そこに生粋の広島男児という短気の要件をフルに満たしていたことも手伝って、すぐに手の出る凶悪極まりないオヤジだった。

昔からオヤジには嘘をつくなと言われて育った。それは嘘をついて悪事をごまかすな、という意味であって、もし嘘こいた後になって悪事が露呈した場合、般若のような顔をしたオヤジにケツが3つに割れるんじゃないかってくらいケツを叩かれた。もうちょい成長してからは鼻の穴が1つになっちゃうんじゃないかってくらい殴られた。ぬいぐるみだったら綿ボロボロ出てたと思う。

その反動もあってか、現在は嘘をつきまくる日常を謳歌している。日々着実に友達が少なくなってきている気がするが、肝心なところでは嘘をつかないようにしているのは幼い頃のオヤジの怒りの鉄拳があったからなのかもしれない。そういった意味では野生のグリズリーのように粗暴なオヤジにも少しは感謝していいのかもしれない。

さて、大学生にとって血みどろになって勉強しなければならない試験期間も終わりに近づき、残り2教科となった。これまでの試験はその出来を度外視すれば、至ってスムーズに終わった。出来を度外視すればね。

しかし明日は過去最強にして最凶のヤマが待っている。チョモランマが如くそびえ立っているのは、そう! SO!! 去年落とした必修科目の試験だ。必修科目というのは大学生にとっては決して落としてはならない至高の輝きを放つダイヤモンドである。去年、僕はうかつにもそのダイヤモンド試験を「寝過ごす」という体たらくの極みにより受けそびれた。

後日、一度も出たことの無いその授業に初めて出席し、目の前で何やら偉そうに講釈を垂れているキョウジュとかいう老いぼれた不可解な生物に

「すいません、前期試験を受けれなかったのですが…。」

と質問した。すると分厚いメガネによる屈折で、やたらと目が小さくなっている出目金のようなキョウジュは

「なぜ受けれなかったのかね?」

と痛いツボを的確に押さえたファッキンクエスチョンをぶつけてきた。僕がどれだけ温室育ちか知っているのか。ダメだコイツ。何もわかってねぇ。

僕はニワトリくらいの量の脳みそをフル回転させ、答えを考えた。病欠は診断書が必要だし、電車が遅れたことにするには遅延証明書が不可欠。こうなったら葬式しかない。しかし、3親等内の血族が死んだ場合のみ、冠婚葬祭による欠席が認められる。つまり誰を消すかが問題であり、その結果いかんによっては現在の僕の立ち位置も色々とややこしいことになってしまう。何より僕は奨学金を取っているので、そのへんもよくわかんないけど難しいことになるハズ。

どど、どうすればいいんだ! いったいどうすれば…!!

「嘘をつくな」

確かにオヤジの声がした。こうした状況を数限りなく味わってきた僕はもはやグリズリーオヤジの言葉をありがたいお経のように記憶してしまっていた。僕は躊躇無く言った。

「いやぁ、ぶっちゃけ寝坊っす。」

そのときのキョウジュの顔たるや、性犯罪者でも見るような侮蔑的な目してましたわ。その目の向こうには学生にとって何よりも大切な必修科目の単位を意のままに操れるという権力者の顔であり、権力に酔いしれた独裁者の顔があった。

てっきり僕は劇場版ドラえもんジャイアンくらい優しい柔和な感じで、

「仕方ないヤツだ、レポート提出でいいよ。」

とか言ってくれるのかと思ってたけど、その希望は完全に泡と消えた。キョウジュの口から出た言葉は

「それは断じて認められない。しかし後期試験で満点取ればなんとかなるかもしれないね。」

というウザったくなるほどの正論であった。あまりのショックに足の裏みたいな顔になった僕は氷点下60度のブリザードが吹き荒れる中で何ヶ月も断食して卵を温めるペンギンのような気持ちになり、スゴスゴとその場を後にした。後期に満点を取れなかったことは言うまでもない。これからも嘘をつき続けます。