もともと誕生日は家でひっそりと慎ましく迎えるはずだった。それもそのはず僕のように社会的に無価値なゴミクズが23歳になったところでそれは22歳のゴミクズから23歳のゴミクズへとクラスチェンジしただけに過ぎない。そんなことを祝ってもらったり、はたまた騒いだりしてどうするというのだ。僕になんの生産性があるというのだ。

この広い世界では同じこの日に好きな女の子と唇を重ねることに成功した中学生や、敵国のアジトに拉致監禁された仲間の諜報部員を助けるのに成功したガチムチもいるだろう。またやっと携帯のフィルム張り(1枚あたりの完全歩合制)の仕事をすることを決意したニートもいるかもしれない。

そういった僕の誕生とは比較にならないほどの幸せが生まれている。僕のような360度どこからみても間違いなく「既に終わった人間」の誕生日を祝おうなどあってはならないことじゃないですか。

ところが世の中には生き仏かと見紛うほどに心優しきお方もいるわけ。そんな人が誕生日を祝うために横浜からわざわざ僕の家(東京)まで来てくれた。なんだかんだ楽しく過ごさせて頂いたし、甘い物に興味の無い僕のためにそこまで甘くないチーズケーキをくれたのがとても嬉しかった。無塩バターを使うところを塩分てんこもりのバターを使って焼いたにしてはかなりうまくて、正直感動した。

誕生日当日の日曜日はどこまでも快晴だった。ラピュタ城なんて裸足で逃げ出すレベルで晴れ渡っていた。

「せっかく天気もいいし、どこか出かけよう」

と提案され、一路上野に向かうことにした。無類のパンダ好きである僕は上野動物園に行くつもりだったのだが思いっきり4度寝くらいしたせいで上野に到着したのが既に動物園の閉園時間であった。かくして日曜のアメ横という人間がバクテリアのように大量発生した場所をウゾウゾとうごめくことにした。ここでやはり誕生日なら飯の際に

「いや、ここは私が出しておくから」

などといったある種粋でスウィーティーな気配りがあるのかと思いきや、普通に金払わされた。聞くところによると給料日(25日)まで4千円しか持っていないとのこと。この経済大国ニッポンにおいて、5日間を4千円で乗り切るのは不可能に近い。しかし、今日は僕の誕生日ということで、

「夜までしっかりと付き合ってやる」

と優しさなんだか新手の詐欺なんだかよくわからない丸め込まれ方をした僕は夜まで遊ぶことに。

上野は尋常じゃなく人が多いので場所を変えることに。そして軽く飲んで帰ろうということになったのでシコシコと飲んだわけだがこのときの会計は圧倒的理不尽さで僕もち。4000円しか持ってない人からいくら誕生日といえど金をふんだくるのは武士の恥だと感じたので誕生日なのに金バンバン使った。2万円くらいおろしたのに帰ってきたら財布に1000円しか入ってなかった。来年は一人で過ごす。

追伸 ウィキペディアの日本語版も同じ誕生日です。